仕事に効くコンピュータサイエンス
属人化という単一障害点 — 分散システム読了目安 10分

属人化という前提を疑う — この章のまとめ

この章は、「その仕事、あなたが休んだら止まりますか」という問いから始まりました。ここまでの4つのページで、その問いに答えるための道具をそろえてきました。最後に、全体を1本の流れとして振り返ります。

振り返りの前に、もう一度この問いに戻ってみてください。1章を読み始めたときと比べて、今のあなたなら、この問いにどう答えるでしょうか。おそらく、「はい」か「いいえ」で終わらせるのではなく、「どこが弱くて、何から手をつければよいか」まで、具体的に思い浮かぶはずです。それこそが、この章を通じて手に入れた変化です。問いに驚くだけの状態から、問いに答える手順を持つ状態への変化です。

4つの視点を1本につなぐ

最初の視点は、単一障害点でした。そこが壊れると全体が止まってしまう、たった1つの弱点を指す言葉です。業務フローを書き出し、担当できる人数が1人しかいない工程を探すことから始まります

2つめの視点は、冗長化とフェイルオーバーでした。見つけた弱点に対して、同じ役割を果たせる代わりをあらかじめ用意し、主担当が動けないときに、決めた手順で控えへ切り替える設計です。連絡先の共有だけでは足りず、引き継ぐための材料を外に出す必要がありました

3つめの視点は、負荷分散でした。仕事が特定の1人に偏り続けることを避け、複数の担当者に量を配り直す技術です。配るためには、まず負荷が見える状態を作ることが前提になります。

4つめの視点は、結果整合性でした。関係者全員が、今この瞬間に完全に同じ情報を持っている必要はなく、いずれ必ずそろう仕組みがあれば十分だという考え方です。そろえる締切と手順を決めることが、放置との分かれ目でした

この4つは、バラバラの技術ではありません。単一障害点を見つけ、冗長化とフェイルオーバーで代わりを用意し、負荷分散で日々の偏りを防ぎ、結果整合性で情報共有の疲弊を減らす。これは、属人化した業務を、壊れにくい仕組みへ組み替える1つの手順です。

ある半年間を、4つの視点で追い直す

ここまでの説明を、1つのチームのその後の半年間として、通して見てみます。

1章で登場した、週次報告の担当者Aさんのチームを思い出してください。Aさんが休んだあの月曜日、報告は水曜まで止まりました。

その週の金曜、チームリーダーはホワイトボードに業務を1つずつ書き出し、各工程の横に「今この工程を担当できる人」の名前を書き込んでいきました。10個の工程のうち、8個には2人以上の名前が並びましたが、「週次報告の集計手順」と「経理の月末締め」の2つには、名前が1つしか書けませんでした。リーダーはその2つに赤い印をつけ、「まずここから手をつけよう」とチームに共有しました。これが、単一障害点を見つけた段階です。

翌月、リーダーはAさんに「集計の手順を、副担当のBさんが読むだけで再現できる形で書き出してほしい」と依頼しました。Aさんは最初「口で説明すればいいのでは」と思いましたが、実際に文書にしてみると、自分でも「ここは毎回感覚で判断していた」と気づく箇所がありました。たとえば、数字に外れ値が出たときにどこまで確認するかは、これまでAさんの経験と勘だけに頼っていたことに、書き出して初めて気づいたのです。その判断基準を簡単なチェック項目として書き足し、文書が完成しました。Bさんが副担当として登録され、実際に1回、Aさんの立ち会いのもとで手順を試してみました。これが、冗長化とフェイルオーバーを整えた段階です。

3か月後、リーダーは別の問題に気づきます。Bさんが副担当を引き受けたことで、Bさんの通常業務が別の形で圧迫され始めていたのです。「最近Bさん、いつも忙しそうだけど大丈夫かな」とリーダーは気になり始めました。そこで、案件の担当状況を週の初めに一覧で共有する運用を始めてみたところ、Bさんの抱える案件数が、他のメンバーよりも明らかに多いことが数字として見えてきました。リーダーはその場で、Bさんの案件を1つ、手の空いている別のメンバーに動かしました。特定の人に偏りすぎていないかを、以降も定期的に確認するようになりました。これが、負荷分散を導入した段階です。

半年後、部署をまたぐ方針変更が発表されたとき、以前なら「誰がいつ聞いたか」で認識のずれが起きていた場面がありました。今回は、方針を決めた責任者が共有文書に決定事項を書き込み、「今日17時までに全員が共有文書に目を通す」という締切が先に決められました。伝える順番の前後を気にする必要がなくなり、17時を過ぎた時点で誰が未読かだけを確認すれば十分になっていました。これが、結果整合性を意識して運用した段階です。

半年前には、Aさんが1人で抱えていた業務が、今では複数人がそれぞれの形で支え合う仕組みに変わっています。4つの視点は、順番に積み上げることで、1つの壊れにくいチームの形になります

興味深いのは、この半年間、チームの人数そのものは1人も増えていないことです。増えたのは人ではなく、「誰が何を、どこまで代われるか」という情報と、「いつまでにそろえばよいか」という取り決めだけです。人を増やさずにチームの壊れにくさを上げられることは、この章で見てきた4つの視点の、実務上のよい点でもあります。予算をかけずに始められることも多く、必要なのは主に、書き出す時間と、続ける仕組みです。

「結局、全部やるのは大変では」という反論

ここまで読んで、「4つも視点があって、全部やるのは大変そうだ」と感じたかもしれません。

この感覚は正しく、実際、4つを同時に、しかも全業務に対してやる必要はありません。先ほどのAさんのチームも、半年かけて1つずつ積み上げており、最初から4つを同時に始めようとしたわけではありません。最初の一歩は、単一障害点の地図を作ることだけで十分です。地図さえあれば、どこから手をつけるべきかが自然と見えてきます。

優先順位のつけ方も、すでにこの章で見た基準がそのまま使えます。「止まったときの損失が大きい工程から」「効率と壊れにくさのどちらを優先するか」「見える化してから配る」「締切と手段を決めてから待つ」という基準です。一度にすべてを変えるのではなく、最も弱い1箇所から順に手を打てば十分です。

先ほどのAさんのチームも、実際には半年という時間をかけています。最初の1週間で全部を変えようとしていたら、通常業務との両立ができず、途中で挫折していた可能性が高いはずです。「全部を一気に」ではなく「弱い順に、1つずつ」という進め方そのものが、この章の技術を無理なく続けるための、もう1つの教訓です。

属人化を「個人の問題」から取り戻す

属人化は、しばしば「あの人が抱え込みすぎている」という、個人の性格や態度の問題として語られます。「もっと周りを頼ればいいのに」という、善意の忠告として語られることもあります。しかし、この章で見てきたように、それは仕事の配り方と、引き継ぎの設計の問題として扱うことができます。

設計の問題として扱うことのよい点は、個人を責めずに、次の一手を具体的に決められることです。「もっと頑張って共有して」ではなく、「この工程の担当を2人にし、引き継ぎの手順を書き出す」という、具体的な作業に変換できます。作業として書き出せることは、進捗を確認できることでもあります。

この違いは、会議での言葉の選び方にも表れます。「Aさんはもっと周りを頼るべきだ」という言い方は、Aさんへの評価の話に聞こえます。「この工程の単一障害点を、来月までに解消する」という言い方は、チーム全体の作業計画の話として聞こえます。同じ状況を指していても、後者の言い方の方が、次に何をすべきかが明確になり、関係者も動きやすくなります。

属人化をゼロにすることが目的ではないことも、あらためて確認しておきます。専門性の高い判断を、経験を積んだ1人に委ねること自体は自然です。大事なのは、その1人が抜けたときに、代わりが動ける仕組みを重ねて持っているかどうかです。

先ほどのAさんも、集計の判断力そのものを失ったわけではありません。むしろ、手順を言語化したことで、Aさん自身が「自分の判断基準」を初めて言葉にして把握し直す機会になりました。副担当を育てる作業は、主担当の専門性を薄める作業ではなく、むしろ主担当自身の理解を深める副産物を伴うことがあります。「教えることは学び直すことでもある」という感覚は、多くの職場ですでに経験されているはずです。属人化への対策が、専門性を損なうどころか、時に専門性そのものを磨くことさえあります。

次章への橋

ここまで、仕事を担う「人」の配置について考えてきました。次の12章では、その人たちが共有する「情報」そのものの置き場所を考えます。情報が複数の場所にバラバラに保存されていると、どれが最新か分からなくなったり、同じ情報を二重に入力したりする事態が起きます。11章で見た「情報がいずれそろえばよい」という考え方の先に、「そもそも情報をどこに置くか」という問いが待っています。マスタデータの一元化や、検索のしやすさ、そして複数人が同時に触ったときの扱い方を、次章で見ていきます。

11章の視点が「人をどう配置し、代わりを用意するか」だったのに対し、12章の視点は「情報をどこに1つだけ置き、コピーの害をどう避けるか」になります。両者は、同じ問題を別の角度から扱う、対になる章です。

たとえば、この章のAさんの例で言えば、「集計手順の文書」がどこか1つの、みんなが見られる場所に置かれていたからこそ、Bさんへの引き継ぎが機能しました。もしその文書が、Aさんの個人パソコンの中にしかなかったら、冗長化の仕組みを作ったつもりでも、実際には機能しなかったはずです。人の配置の話は、情報の置き場所の話と、常に隣り合わせになっています。次章を読み終える頃には、この隣り合わせの関係が、より具体的に見えてくるはずです。

持ち帰り

  • 単一障害点・冗長化とフェイルオーバー・負荷分散・結果整合性は、1本の手順としてつながっている
  • 属人化は個人の性格の問題ではなく、仕事の配り方の設計の問題として扱える
  • 設計の問題として扱うことで、責めるのではなく、具体的な次の一手に変換できる

やってみる

この章で書き出した「休んだら止まる仕事」について、副担当を1人決め、引き継ぎに必要な情報を1つだけ書き出してみてください。