ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
最後に少しだけ、この本がどこから来たのかを書かせてください。
仕事術の本を書いた人間の、反省文として
序章で、この本は「仕事術の本を閉じて、CSの教科書を開く」ところから始まりました。
実は、こう書いたぼく自身が、かつて仕事術の本を書いた人間です。
2017年に『外資系コンサルは「無理難題」をこう解決します。』という本を出しました。
コンサルタントとして日々の仕事から拾い上げた工夫を、一つずつ言葉にした本です。
その内容が間違っていたとは思っていません。
ただ、あれから仕事術を書き続け、読み続けるうちに、ずっと引っかかっていたことがあります。
仕事術は、いくら集めても体系になりにくいのです。
一つひとつの工夫は確かに効くのに、場面が少し変わると使えなくなり、また次の工夫を探しに行くことになります。
工夫の「一段下」にある、場面が変わっても崩れない土台を渡せないだろうか。
この本は、その問いへのぼくなりの答えです。
きっかけは、効率化オタクの棚卸しでした
ぼくは極度の面倒くさがりで、「こうした方が早くない?」が口癖の効率化オタクです。
2016年から「NAEの仕事効率化ノート」というブログに、仕事で見つけた効率化の気づきを書きためてきました。
10年分の記事を読み返して、あるとき気づいたことがあります。
本当に効き続けている工夫は、ほとんどすべて、学生時代に学んだコンピュータサイエンスの考え方の焼き直しだったのです。
「はまっている時間を減らせ」と書いた記事は、待ち時間の設計の話でした。
表計算の繰り返し作業をマクロにまとめた話は、同じ仕事を二度しないという話でした。
会議の進め方を型にした話は、この本の10章で書いたプロトコルの話そのものでした。
ぼくは大学と大学院で情報工学を学び、2009年からはITコンサルタントとして働いてきました。
コードを書く仕事からは、もう長いこと離れています。
それでも頭の中では、ずっとCSの語彙が動き続けていたのだと、棚卸しをして初めて分かりました。
仕事術として一つずつ拾っていた工夫は、CSの教科書の中では、最初から一つの体系としてつながっていました。
だったら、工夫を百個集めるより、教科書を仕事の言葉に翻訳したほうが早い。
そう考えたのが、この本の出発点です。
AIが、背中を押しました
書こうと決めた直接のきっかけは、AIです。
この数年で、ぼく自身の仕事のやり方は根本から変わりました。
かつて何時間もかけていた資料づくりの多くを、いまはAIが担っています。
その変化のただ中で、はっきり見えたことがあります。
道具が強力になるほど、成果の差は道具の操作からは生まれなくなり、土台の考え方の差がむき出しになる、ということです。
同じAIを使っているのに、速くなる人と、かえって遅くなる人がいます。
分かれ目は、仕事を構造で捉えられているかどうかでした。
どこで待ちが発生し、何が重複していて、どこが一点に依存しているのか。
それが見えている人の指示は的確で、見えていない人は、AIの出力に振り回されます。
AIは魔法の杖ではなく、リトマス試験紙なのだと思います。
手続きや操作の価値が下がっていくほど、構造を見抜く目の価値が上がっていく。
そして、その目を鍛える教材として最も密度が高いのが、コンピュータサイエンスでした。
CS専攻でない働く人に、コードを一行も書かせずに、考え方だけを手渡したい。
数式も端末も出てこない翻訳だけの本を、いま書く意味があると思いました。
最後に
この本から一つだけ持ち帰るなら、序章と終章で繰り返した、あの問いにしてほしいと思います。
「これは、コンピュータで言うと何の問題に近いか。」
明日の仕事で何かに行き詰まったとき、この問いを一度だけ試してみてください。
うまく翻訳できたら、それはもう、あなたの道具です。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
NAE