組織図を見れば、誰が誰の下にいるかが一目で分かります。フォルダを開けば、どこに何が入っているかがたどれます。どちらも、ただの一覧ではなく、枝分かれした形で表されています。なぜ私たちは、複雑なものを枝分かれの形で整理したがるのでしょうか。
木構造の直感
これまでのページでは、ものを列として並べる構造を見てきました。スタック、キュー、優先度付きキューは、いずれも1本の列として表せます。しかし世の中には、1本の列では表しきれないものがあります。
その代表が木構造です。頂点となる1つの要素から、いくつかの枝が伸び、その枝の先からさらに別の枝が伸びていく、という形を繰り返します。家系図を思い浮かべると分かりやすく、1人の祖先から子、孫へと枝分かれしていく様子は、そのまま木構造の形です。コンピュータ科学では、この形をコンピュータの中のデータに応用し、大量の情報を階層立てて整理するために使っています。
木構造の特徴は、上位の要素を見れば、その下にどんな要素がぶら下がっているかを、枝をたどるだけで把握できることです。全体を一度に見なくても、興味のある枝だけをたどれば、必要な部分にたどり着けます。これは、先頭から1つずつ確認する列の構造とは対照的な性質です。
木構造の中で目的の要素を探すときの効率も、この形のおかげで生まれます。頂点から枝分かれの数が一定であれば、階層が1段深くなるごとに、たどれる要素の数は掛け算式に増えていきます。反対に言えば、目的の要素にたどり着くまでに必要な段数は、要素の総数に比べてずっと少なくて済みます。分厚い組織全体の人数が数百人に増えても、頂点から担当者までたどる段数は、数段程度で済むことが多いのは、この性質のおかげです。これは前のページで見た索引とも似ていて、探す対象を一気に絞り込めるという点で、木構造は索引の一種とも捉えられます。違いを挙げるなら、索引は1つの手がかりから直接目的地へ飛ぶのに対し、木構造は枝を1段ずつたどりながら、途中の段階でも周辺の全体像を確認できる点です。
仕事の言葉に翻訳する
木構造は、仕事の現場ではすでにいたるところで使われています。組織図は、社長を頂点に、部門、課、担当者へと枝分かれする木構造そのものです。共有フォルダも、大分類のフォルダの中に中分類、さらにその中に個別の資料が入る、同じ形をしています。会議のアジェンダも、大きな議題の下に小さな論点がぶら下がる木構造として組めます。
木構造で整理する利点は、全体の見通しと、部分への集中を両立できることです。組織図を見れば、自分がどの部門に属し、誰の指示系統の下にいるかが分かります。同時に、他部門の内部の細かい構成までは、必要がなければ見なくて済みます。これは、木構造の「枝をたどらなければ、その先は見えない」という性質そのものです。
これまでのページで見てきたスタックやキュー、優先度付きキューは、どれも「1列に並んだ仕事をどう取り出すか」という問いに答える構造でした。木構造が答えるのは、それとは別の問いです。「枝分かれした情報全体を、どう見渡し、どう部分に集中するか」という問いに答えます。仕事の中には、単純な列では表せない、階層を持った情報がたくさんあります。組織、フォルダ、議題はその代表例であり、これらを木構造として意識的に設計できるかどうかが、この章の最後の論点です。
具体場面で見る
場面1: 組織図と指示系統の混線
複数の部門をまたぐプロジェクトで、誰が最終的な意思決定者なのかが曖昧になることがあります。これは、本来は木構造であるはずの指示系統が、実際には複数の枝から同じ人に指示が飛んでくる、枝分かれのはっきりしない状態になっているために起きます。プロジェクトの指示系統を、誰が誰に報告し、誰が最終判断をするのかという1本の木構造として明文化するだけで、指示の重複や矛盾がかなり減ります。明文化といっても、大掛かりな資料は要りません。「誰が誰に報告し、誰が最終判断するか」を1枚の簡単な図にして共有するだけで十分です。図にする過程で、実は2人が同じ立場で最終判断をするつもりでいた、といった認識のずれが見つかることも少なくありません。
場面2: フォルダ階層の設計
共有フォルダの階層を、思いつくままに深く作り込んでしまうと、目的の資料にたどり着くまでに何度もフォルダを開く必要が出てきます。逆に、階層をまったく作らずすべてを1つのフォルダに置くと、今度は大量のファイルが並んで見通しが悪くなります。木構造には、枝分かれの深さと、1つの枝に並ぶ要素の数のバランスがあります。深すぎず、かといって1階層に詰め込みすぎない、3〜4階層程度に収める設計が、多くの場合で扱いやすいとされています。階層を増やしたくなったときは、本当にその分類が必要かを一度疑ってみるとよいでしょう。「念のため分けておく」という理由で作られた階層は、実際にはほとんど使われないまま、探すときの一手間だけを増やしていることがよくあります。
場面3: 議事録のアジェンダ構造
会議のアジェンダを、大きな議題の下に、関連する小さな論点をぶら下げる形で組むと、議論が脱線しにくくなります。ある論点について話しているときに、それが今どの議題の下にぶら下がっているのかを意識できると、議論が本題からどれだけ離れているかを参加者全員が把握しやすくなります。逆に、議題と論点を区別せずに1本の列として並べてしまうと、本題と枝葉の議論の重みが同じに見えてしまい、時間配分を誤りやすくなります。議事録を残すときも、大きな議題を見出しに、そこで出た論点を箇条書きでぶら下げる形にすると、あとで読み返す人にとっても、どの論点がどの議題に属していたかが一目で分かります。議題と論点をフラットに1本の箇条書きで並べてしまうと、あとから読み返したときに、話の階層が失われて意味が取りにくくなります。
場面4: 権限の枝分かれと承認フロー
稟議や承認のフローも、多くの場合は木構造として設計されています。担当者から課長、課長から部長、部長から役員へと、承認の枝を1段ずつ上がっていく形です。このとき、途中の段を飛ばして直接上位者に持ち込む「直談判」が頻発すると、本来の承認の木構造が崩れ、飛ばされた段の担当者が状況を把握できなくなります。急ぐ理由があるなら、なぜ段を飛ばすのかを飛ばされた側にも一言伝えておくだけで、木構造そのものを壊さずに済みます。段を飛ばすこと自体が悪いのではなく、飛ばしたことが誰にも知らされないまま既成事実として進んでしまうことが、指示系統の混乱を生む本当の原因です。
深さと幅のバランスを考える
木構造を設計するときによく議論になるのが、「深くするか、広くするか」という選択です。1つの枝にぶら下がる要素の数を絞り込み、その代わりに階層を深くする設計と、階層を浅く保ち、その代わりに1つの枝にたくさんの要素をぶら下げる設計があります。
深くしすぎると、目的の要素にたどり着くまでに何度も枝をたどる必要があり、時間がかかります。広くしすぎると、1つの枝に並ぶ要素が多すぎて、どれを選べばよいか一目で分からなくなります。どちらが正解というより、扱う要素の性質によって適したバランスは変わります。更新頻度が高く、頻繁に見返す情報は浅く広く、めったに見返さないが正確な分類が必要な情報は、多少深くても構わない、という目安で考えると設計がしやすくなります。
たとえば日々の進行中の案件フォルダは、頻繁に開くものなので、浅い階層に置いて、開くまでのクリック数を減らすべきです。一方で、完了して数年保管しておくだけの過去案件は、めったに開かないので、多少深い階層に整理して構いません。すべての情報を同じ深さで扱おうとすると、よく使うものまで深い階層に埋もれてしまい、日々の作業効率を落とすことになります。使う頻度に応じて階層の深さを変える、という発想自体が、木構造を仕事道具として使いこなす第一歩です。
落とし穴・誤用
もっとも多い落とし穴は、本来は木構造であるべきものを、フラットな一覧として扱ってしまうことです。組織の指示系統を明文化せず、なんとなくの慣習に任せていると、誰が最終判断者かが場面ごとに変わり、責任の所在があいまいになります。木構造として明文化することは、堅苦しい規則を作ることではなく、むしろ普段のやり取りを混乱させないための最低限の地図を用意することです。
反対の落とし穴もあります。木構造を作り込みすぎて、階層が深くなりすぎることです。フォルダを6階層、7階層と掘り下げて分類すると、目的の資料にたどり着くまでに開閉するフォルダの数が増え、かえって迷子になりやすくなります。分類そのものが目的化してしまい、本来の目的である「早くたどり着く」ことから外れてしまうのです。
さらに、木構造の枝同士を勝手に横につないでしまう誤用もあります。組織図でいえば、正式な指示系統とは別に、個人的なつながりで直接依頼が飛び交う状態です。一度や二度なら効率的に見えますが、これが常態化すると、誰がどの指示に従うべきかという木構造そのものが機能しなくなり、指示系統を明文化した意味が失われます。近道を使う場面と、正式な系統を通す場面を、あらかじめ線引きしておくことが必要です。
もう1つ見落とされがちなのが、同じ要素を複数の枝に重複して置いてしまう誤用です。1つの案件資料を、案件別のフォルダと、担当者別のフォルダの両方に別々にコピーして置くと、どちらか一方だけを更新して、もう一方が古いまま残る、という食い違いが起きます。木構造の利点は、1つの要素の置き場所が1つに定まることです。同じものを複数の枝に置きたくなったときは、コピーを増やすのではなく、どちらか一方に実体を置き、もう一方からは参照するだけにする、という工夫が有効です。
持ち帰り
- 木構造は、上位から下位へ枝分かれし、興味のある枝だけをたどれば全体を把握できる形である
- 使う頻度が高い情報は浅い階層に、めったに使わない情報は深くても構わないという目安で設計する
- 木構造の枝を勝手に横につなぐ近道が常態化すると、指示系統そのものが機能しなくなる
やってみる
自分が関わる指示系統かフォルダを1つ選び、頂点から枝をたどって図にしてみて、迷子になりやすい階層がないか確認してみてください。図にしてみて枝分かれが不自然に感じる箇所や、二重に枝が伸びている箇所があれば、それは誰かに聞いて確かめる価値のある箇所です。