仕事に効くコンピュータサイエンス
頑張りはスケールしない — 計算量読了目安 10分

速く動くか、やり方を変えるか

仕事が重くなったとき、多くの人がまず考えるのは「もっと急いでやろう」です。タイピングを速くする、会議を早口で進める、休憩を削って作業時間を増やす。これらはどれも「速く動く」対処です。

上司から「最近残業が多いね」と言われたとき、多くの人はまず「もっと効率よく、もっと速くこなそう」と考えます。この反応そのものは自然です。しかし、速く動くことだけで解決できる仕事と、そうでない仕事があります。この違いを見分けられるかどうかで、同じ努力の量でも、最終的な成果はまったく変わってきます。

このページの問いは、速く動くことと、やり方を変えることは何が違うのかです。どちらも「重い仕事を軽くする」対処に見えますが、効果の大きさがまったく異なります。

この違いを最初に見分けられるようになると、「今の頑張り方で本当に間に合うのか」を、規模が育つ前に判断できるようになります。

定数倍の改善と、型そのものの改善

前ページまでで見たように、仕事の重さには「増え方の型」があります。線形なのか、二次なのか、指数的なのか。

「もっと急いでやる」という対処は、この型を変えません。同じ二次の増え方をする仕事を、2倍速でこなせるようになったとしても、それは全体の作業量を半分にするだけです。人数が増え続ければ、いずれ2倍速の効果など誤差になるほど、作業量は膨れ上がっていきます。

このような「何倍か速くする」対処を、増え方の型の言葉では「定数倍の改善」と呼びます。定数倍とは、増え方の型そのものはそのままに、かかる時間だけを一定の割合で縮める改善のことです。2倍速にする、3倍速にするといった改善はすべてここに含まれます。定数倍の改善は無意味ではありませんが、型そのものを変える改善に比べると、規模が育ったときの効果に上限があります。

一方、「やり方そのものを変える」対処は、増え方の型そのものを変えます。たとえば、全員対全員で確認していた仕事を、代表者を立てる方式に変えれば、二次の増え方が線形の増え方に変わります。これは速さの改善ではなく、仕組みの改善です。

この2つの違いを段階的に整理すると、こうなります。まず、仕事の重さは「1件あたりの手間」と「件数の増え方」のかけ算で決まります。速く動く対処は、前者の「1件あたりの手間」を減らします。やり方を変える対処は、後者の「増え方の型」そのものを変えます。どちらも重さを減らしますが、効く場所がまったく違うのです。

仮定の数字で考える

たとえば、10人の全員対全員の確認作業だとすると、組み合わせは45通りです。これを2倍速でこなせるようになれば、かかる時間はおおよそ半分になります。

しかし、人数が20人に増えたとすると、組み合わせは190通りに増えます。2倍速のままでは、10人のときより余計に時間がかかってしまいます。速さの改善は、規模の増加に簡単に追い越されてしまうのです。

一方、代表者を立てて確認相手を絞る方式に変えたとすると、人数が20人に増えても、確認すべき組み合わせは人数にほぼ比例するだけで済みます。やり方を変えたことで、規模が増えても破綻しにくい仕事に変わったことになります。

数字の差を並べてみると、その違いがはっきりします。10人のとき、速さの改善は45通りを22.5通り相当まで減らします。やり方の改善は、確認すべき組み合わせを10通り程度まで減らします。人数が20人、30人と増えるにつれ、この差はさらに開いていきます。速さの改善は常に「今の重さの何分の1」にしかなりませんが、やり方の改善は増え方の型そのものを緩やかにするため、規模が育つほど効果の差が大きくなるのです。

具体場面1: 承認フローの回覧 vs 一括確認

書類を1人ずつ順番に回覧して承認をもらう方式は、承認者が増えるほど、順番待ちの時間がそのまま積み重なっていきます。承認者を急がせても、順番待ちという構造自体は変わりません。

これを、全員に同時に確認を依頼し、期限までに異論がなければ承認とみなす方式に変えると、承認者の数が増えても、かかる時間は期限そのもので頭打ちになります。急がせる対処ではなく、フローの構造を変える対処です。

手順を比べてみましょう。回覧方式では、書類はAさん、Bさん、Cさんと順番に机を移動し、それぞれの確認が終わるまで次に進めません。承認者が5人なら5回の順番待ちが発生します。同時確認の方式では、全員に一斉に依頼を出し、各自が期限内に確認すれば済みます。承認者が何人に増えても、かかる時間は「期限までの日数」で頭打ちになり、それ以上は伸びません。

ただし、この方式には条件があります。全員が本当に独立して判断できる内容であることです。承認者同士の意見が対立しそうな案件では、同時確認だけでは矛盾が表面化せず、後になって手戻りが発生することもあります。

「回覧のほうが、1人ずつ丁寧に見てもらえて安心では」という声もあるでしょう。丁寧さという点では一理あります。しかし丁寧さと承認者の人数は本来別の話です。同時確認の方式でも、各自にじっくり見る時間を与えることはできます。丁寧さを保ったまま、待ち時間の直列な積み重ねだけをなくす、というのがこの対処の狙いです。

具体場面2: 個別電話確認 vs 共有ダッシュボード

進捗確認のたびに、担当者全員に個別に電話をかけて聞き取る方式は、担当者の数が増えるほど確認にかかる時間が比例して増えていきます。

これを、各担当者が自分で進捗を書き込む共有の一覧に変えると、確認する側は一覧を眺めるだけで済みます。担当者が増えても、確認にかかる時間はほとんど変わりません。仕組みを変えることで、確認という作業そのものの増え方の型が変わった例です。

個別電話確認の手順を思い出してください。担当者Aに電話をかけ、状況を聞き、メモを取る。次にBに電話をかけ、同じことを繰り返す。担当者が10人なら10回、20人なら20回、この手順を繰り返します。線形の増え方ですが、電話をかける・出る・話すという各回のやり取り自体に時間がかかるため、実際の負担は決して小さくありません。

共有ダッシュボードに変えると、担当者は空いた時間に自分で入力し、確認する側はまとめて一覧を見ます。確認にかかる時間が、担当者の人数にほとんど左右されなくなるのです。もちろん、担当者側の入力の手間はゼロにはなりませんが、電話でのやり取りより短時間で済みます。

「顔を見て話さないと、細かいニュアンスが伝わらないのでは」という懸念も出てくるでしょう。もっともな懸念です。ここでの狙いは、すべてのやり取りを一覧に置き換えることではありません。定型的な進捗確認は一覧に任せ、判断が必要な相談だけを個別に話す、という切り分けです。定型作業と、人による判断が要る作業を分けることが、この対処の要点になります。

「頑張る」が効くのはどこまでか

速く動く対処が無意味なわけではありません。線形の増え方をする仕事であれば、速さの改善はそのまま効果につながります。問題は、二次や指数的な増え方をする仕事に対して、速さの改善だけで乗り切ろうとすることです。

「頑張れば何とかなる」という考え方自体が悪いわけではない、という点は強調しておきます。線形の作業であれば、頑張りは素直に成果に結びつきます。批判すべきは「頑張る」という選択肢そのものではなく、増え方の型を確認せずにその選択肢だけに頼ってしまうことです。

管理職の立場であれば、チームの誰かが忙しそうにしているのを見たとき、「もっと頑張れ」と声をかける前に、その忙しさが線形の作業量によるものか、二次や指数的な構造によるものかを確認する価値があります。構造の問題であれば、必要な対処は激励ではなく、仕組みの見直しです。この見極めひとつで、チームへの接し方は大きく変わります。

規模がまだ小さいうちは、頑張ることで何とかなっているように見えます。しかし規模が育つにつれ、頑張りでは追いつかない差が開いていきます。この章の冒頭で見た「頑張りはスケールしない」という言葉は、まさにこの構造を指しています。

見極めの手順はこうです。まず、その仕事が今後どこまで規模が育つ見込みかを考えます。育つ見込みが小さいなら、速さの改善で十分です。育つ見込みが大きいなら、早い段階でやり方そのものを見直したほうが、後から慌てて仕組みを変えるより手戻りが少なくて済みます。

見極めの材料として、5章の1ページ目で自問した3つの問い、「1人で完結できるか」「増えるのは件数か、やり取りか」「選択肢は組み合わせで増えていないか」をもう一度使えます。これらの答えが「複数人の合意が要る」「やり取りが増える」「組み合わせが増える」に近いほど、やり方を変える対処の効果は大きくなります。

落とし穴

やり方を変えるという発想には、逆向きの落とし穴もあります。それは、大した規模でもない仕事に対して、過剰に複雑な仕組みを導入してしまうことです。

たとえば、関係者が3人しかいない確認作業に、大掛かりな承認システムを導入しても、導入や運用の手間の方が上回ることがあります。やり方を変える価値があるかどうかは、その仕事がどれだけの規模まで育つ見込みかを見てから判断します。

判断の手順は、前ページの前処理で見た損益分岐点の考え方と同じです。仕組みを変える手間と、変えないまま速さの改善で乗り切り続けた場合の手間を比べ、どちらが得かを見積もります。関係者が3人のまま増える見込みがないなら、速さの改善で十分間に合います。将来10人、20人に増える見込みがあるなら、早めに仕組みを変えたほうが、後から慌てて変更するより手戻りが小さくて済みます。

もう1つの落とし穴として、「今のやり方に慣れているから変えたくない」という心理的な抵抗があります。この抵抗自体は自然な反応ですが、増え方の型を確認したうえでの判断と、単なる慣れからくる先送りは区別する必要があります。型を確認した結果、変える必要がないと分かるなら、それは正しい判断です。確認しないまま先送りするのとは、意味がまったく違います。

持ち帰り

  • 速く動く対処は増え方の型を変えず、規模の増加にいずれ追い越される
  • やり方を変える対処は増え方の型そのものを変える、桁違いの効果を持つ
  • 規模が小さい仕事に大掛かりな仕組みを導入すると、かえって手間が増える

やってみる

「もっと急げば済む」と思っている仕事を1つ選び、その仕事が今後どこまで規模が育つ見込みかも合わせて考えながら、やり方自体を変える具体的な案をひとつ書き出してみてください。