仕事に効くコンピュータサイエンス
頑張りはスケールしない — 計算量読了目安 10分

参加者が2倍になると、調整は2倍で済むか

週次の進捗会議を思い浮かべてください。参加者が6人のときは、日程調整は数分で終わります。

これが12人になったらどうでしょうか。人数は2倍なのに、調整の手間は2倍どころでは済みません。

候補日を出し合い、都合の悪い人を確認し、再調整し、また確認する。作業は膨れ上がります。

幹事役はこうつぶやくかもしれません。「人数は2倍になっただけなのに、なぜこんなに疲れるんだろう」。この違和感こそが、本章の出発点です。

このページの問いはこれです。なぜ関係者の数が2倍になると、仕事の手間はそれ以上に増えるのか。そして、増え方をあらかじめ見抜く方法はあるのか。この2つを考えます。

「量」ではなく「増え方」を見る

多くの人は、仕事の重さを「今どれだけ大変か」で判断します。しかし本当に効くのは、「件数が増えたときにどう重くなるか」という増え方の型を先に見抜くことです。

コンピュータサイエンスには、この増え方の型を測る考え方があります。計算量と呼ばれるものです。計算量とは、処理する対象の数(入力の大きさ)が増えたときに、必要な作業量がどんな式で増えるかを表す考え方です。

段階を追って考えると分かりやすくなります。まず「今どれくらい大変か」という現在地の話があります。次に「件数や人数が増えたら、どれくらい大変になるか」という将来の話があります。

計算量が扱うのは後者です。細かい作業スピードの違いではなく、増えたときの「形」だけに注目します。速い遅いの差は、実は増え方の型ほど本質的ではありません。

これは抽象的な理論ではありません。あなたの手元の仕事にもそのまま当てはまります。問い合わせの件数が増えたときの対応時間、関係者が増えたときの確認作業、選択肢が増えたときの比較検討。どれも「増え方の型」を持っています。

ためしに、こんな会話を思い浮かべてください。上司が「来月から担当エリアを2倍にするから、頼んだよ」と言います。あなたは「はい、倍がんばります」と答えます。

この受け答えには、実は隠れた前提があります。「エリアが2倍になれば、仕事も2倍になる」という前提です。この前提が正しいかどうかは、その仕事の増え方の型を見なければ分かりません。単純な訪問件数の管理なら2倍で済むかもしれませんが、エリア間の在庫融通や担当者間の調整が絡む仕事なら、2倍では済まない可能性があります。

ここで大事なのは、「増えるもの」を2種類に分けて考えることです。1つは、件数のように「並べて数えられるもの」。もう1つは、関係者同士の組み合わせのように「かけ合わせで増えるもの」です。同じ「2倍になる」でも、どちらの種類かによって結果はまったく違います。次の名刺交換の例で、この違いをはっきり見ていきます。

ある部署のケースで具体的に見てみましょう。4人で始まったチームが、半年かけて9人まで増えたとします。週次の進捗共有会は、最初は30分で終わっていました。人数が増えるたびに議題を増やしたわけでもないのに、9人になった頃には2時間近くかかるようになっていました。

原因を分解すると、単純な報告時間の増加(4人分から9人分、線形の増え方)だけでは説明がつきません。誰かの報告に対して他のメンバーが質問し、その質問にまた別のメンバーが補足する。この「関係者同士のやり取り」が、人数の増加以上のペースで膨らんでいたのです。

名刺交換で考える

たとえば、ある集まりで全員が1回ずつ名刺交換をするとします。参加者が5人なら、交換の回数は10回です(5人から2人を選ぶ組み合わせの数)。参加者が10人になると、交換の回数は45回になります。

手順を追って数えてみましょう。1人目は残り9人全員と交換するので9回です。2人目はすでに1人目と済ませているので、残り8人と交換して8回。3人目は7回。このように1つずつ減らしながら足していくと、9+8+7+…+1で45回になります。

人数は2倍になっただけなのに、交換の回数は4倍以上に増えています。これは、全員が全員と関わる作業には、人数の2乗に近い勢いで手間が増える性質があるためです。

週次会議の調整も同じ構造を持っています。全員の予定を突き合わせる作業は、「1人対1人の確認」の積み重ねです。関係者が増えるほど、確認すべき組み合わせが急に増えます。これが、参加者を2倍にしただけで会議調整が「急に重くなった」と感じる理由です。

数字をもう少し広げてみましょう。20人の集まりなら、組み合わせは190通りです。30人なら435通りになります。人数が3倍になっただけで、組み合わせは10倍以上に増えるのです。これは名刺交換に限らず、「全員が全員の状況を把握する」必要があるすべての仕事に当てはまります。

部署の人数にも同じことが言えます。5人の部署なら、誰が何をしているかは自然に耳に入ってきます。部署が20人になると、「誰が何をしているか」を全員が把握し続けるだけで、相応の情報共有の手間がかかるようになります。これは怠慢のせいではなく、組み合わせの数そのものが増えているためです。

先ほどの9人チームも同じ構造でした。もし「報告時間が伸びたのは、みんなの説明が長くなったせいだ」と考えていたら、対策は「手短に話すように」という精神論で止まっていたはずです。しかし実際の原因は、関係者同士のやり取りが人数の2乗近いペースで増えていたことにありました。原因の見立てを間違えると、対策も的外れになります。

もう1つの場面 — 稟議の回覧

日程調整だけの話ではありません。稟議書を1人ずつ回覧して承認をもらう場面を考えてください。承認者が3人なら、順番に印をもらうだけで完了します。

承認者が7人に増えるとどうなるでしょうか。途中の誰かが差し戻すと、すでに承認していた人にも「この変更でよいか」と再確認が要るかもしれません。承認者同士の関わりが増えるほど、後戻りの確認範囲も広がっていきます。これも「全員対全員」に近い構造を持つ作業の一例です。

もう1つの場面 — 問い合わせのたらい回し

窓口業務でもよく見る場面です。担当者Aが答えられない問い合わせを受けたとします。Aは「これは詳しい人に聞かないと」と考え、Bに聞きます。Bも分からず、Cに聞きます。

窓口が1人のときは、この「聞き回し」は起こりません。窓口が3人、5人と増えるほど、「誰に聞けば分かるか」を突き止めるまでの経路が枝分かれし、たらい回しの手間が積み上がっていきます。窓口が増えるほど対応が速くなるとは限らないのは、この経路探索の手間が隠れているためです。

窓口を増やす対策は、一見すると人手を厚くする良い判断に見えます。しかし「誰が何に詳しいか」の一覧を整備しないまま窓口だけを増やすと、聞き回しの経路がむしろ複雑になり、対応時間が伸びてしまうことすらあります。増員そのものより、経路を単純にする工夫のほうが効くケースです。

なぜ見抜く必要があるのか

このような増え方の型を知らないまま仕事を進めると、次のようなことが起こります。

  • 「今は3人だから余裕」と思っていた作業が、5人になった途端に破綻する
  • 増員すれば楽になると思っていたが、確認作業が増えてかえって重くなる
  • どこまで規模が増えても大丈夫かの見積もりができず、後手に回る

「そうは言っても、真面目に丁寧にやれば何とかなるのでは」と思うかもしれません。しかし増え方の型そのものが重いとき、丁寧さは根本の解決にはなりません。増えていく手間の量に、個人の頑張りの伸びしろが追いつかなくなるからです。

逆に、増え方の型を先に見抜けていれば、対応の選択肢が見えてきます。確認の仕組みを変える、代表者を立てて確認相手を減らす、事前に条件を整理しておく、などです。これらはすべて本章で扱う考え方につながっています。

もう1つよくある反応に、「うちの部署は少人数だから関係ない」というものがあります。しかし増え方の型は、部署の人数が変わらなくても、担当する案件数や取引先の数が増えるだけで表に出てきます。人数だけを見ていると、この兆候を見落とします。

見抜くべきは「今の規模」ではなく、「これから何が増えていく仕事なのか」という構造そのものです。担当案件が増える仕事なのか、関係者が増える仕事なのか、選択肢が増える仕事なのか。この見極めが、次のページ以降で扱う具体的な道具につながっていきます。

見極めのために、次の3つを自問してみるとよいでしょう。1つ目は、この仕事は誰か1人が完結できるのか、それとも複数人の合意が要るのか。2つ目は、規模が増えたとき、増えるのは「作業の件数」なのか「関係者同士のやり取り」なのか。3つ目は、選択肢を1つずつ検討しているとしたら、その選択肢は組み合わせで増えていないか。

この3つの問いに答えられれば、次のページで見る「線形・二次・指数」のどれに近い仕事かが、おおよそ見当をつけられるようになります。答えに迷う仕事ほど、実は増え方の型を誤解しやすい仕事だとも言えます。

本章で扱うこと

本章では、この「増え方を見抜く」ための道具を4つ紹介します。

  1. 増え方の型を表すO記法という考え方の直感
  2. 線形・二次・指数という、代表的な増え方の違い
  3. あらかじめ整えておく(前処理)ことで増え方そのものを変える発想
  4. 「もっと頑張る」ことと「やり方を変える」ことの違い

これらは、タスクの見積もり、会議設計、確認フローの設計など、規模が変わる場面すべてに関わってきます。「頑張れば何とかなる」と考える前に、そもそも増え方の型がどうなっているかを見る。それが本章の一貫したテーマです。

次のページから、それぞれの考え方を具体的な仕事の場面に沿って見ていきます。名刺交換や稟議の回覧といった身近な例を手がかりに、「増え方の型」を見分ける物差しを、少しずつ手に入れていきましょう。

一度この物差しを持つと、初めて担当する仕事や、規模が読めない新しいプロジェクトに対しても、「これはどこまで人数が増えても大丈夫か」を先回りして考えられるようになります。それが、頑張りだけに頼らない働き方への第一歩です。増え方の型さえ分かれば、あとは対処の選択肢を選ぶだけです。

持ち帰り

  • 仕事の重さは「今の量」でなく「増えたときの増え方」で見ると先が読める
  • 全員が全員と関わる作業は、人数の2乗に近い勢いで手間が増えやすい
  • 増え方の型を先に見抜けば、増員以外の対応の選択肢が見えてくる

やってみる

今抱えている仕事を1つ選び、「関係者や件数が2倍になったら、手間は何倍になりそうか」を、具体的な数字とともに書き出してみてください。