大きな案件を先に片づけようとして、小さな仕事がどんどん溜まっていく。心当たりはないでしょうか。
このページの問いは、「大物から潰す」ことが本当に効率的なのか、というものです。答えの手がかりになるのが、短い仕事を優先する「SJF」という考え方です。
SJF(短いタスク優先)とは何か
SJFは、Shortest Job Firstの略で、実行にかかる時間が短い処理から先に片づける方式です。到着した順でも、重要度の順でもなく、「終わるまでの見込み時間」を基準に並べ替えます。
なぜこれが効率的なのか、簡単な例で考えてみましょう。仮に、5分で終わる案件が4件と、30分かかる案件が1件、合計5件のタスクがあったとします。30分の案件を先に処理すると、残りの4件は最短でも30分後からしか手をつけられません。結果として、5件全体が完了するまでの合計待ち時間はかなり長くなります。
数字を追って確認してみましょう。30分の案件を最初に置くと、1件目は30分後、2件目は35分後、3件目は40分後、4件目は45分後、5件目は50分後に完了します。5件の完了時刻を単純に足し合わせると、合計はかなり大きな値になります。
逆に、5分の案件を先に4件片づけてから30分の案件に取りかかると、1件目は5分後、2件目は10分後、3件目は15分後、4件目は20分後に完了し、最後の案件は50分後に完了します。全体の完了までの時間の合計は、短い仕事を先に処理したほうが小さくなります。これは、待たされる件数そのものを減らせるからです。長い案件を後に回しても、その案件自体の完了は多少遅れるだけですが、短い案件を先に回すことで、それ以外の多くの案件の待ち時間を短縮できます。
ここで一つ、よくある疑問に答えておきます。「最後に処理される30分の案件の担当者は、結局いちばん長く待たされることになるのではないか」という疑問です。その通りです。SJFは、一件ごとの公平さを保証する仕組みではありません。全体の待ち時間の合計を小さくする代わりに、時間のかかる案件の担当者にしわ寄せが集まる、という性質を最初から持っています。この性質を知らずに導入すると、あとで不満の種になります。
この性質を踏まえると、SJFを職場に導入するときは、事前の説明が欠かせないとわかります。「短い案件を先に処理する運用に変える」とだけ伝えると、大きな案件を抱えている人は「自分の仕事が軽視されている」と感じかねません。狙いは全体の待ち時間を減らすことであり、大きな案件を軽視することではない、という前提を共有しておく必要があります。この一言があるかどうかで、同じ運用でも受け止められ方が変わります。
SJFの考え方を、もう少し段階的に整理しておきましょう。第一段階は、目の前にある仕事それぞれについて、かかりそうな時間をざっと見積もることです。第二段階は、その見積もり時間が短い順に並べ替えることです。第三段階は、並べ替えた順に、上から一つずつ処理していくことです。
この三段階のうち、実務でつまずきやすいのは第一段階の見積もりです。到着した瞬間に「これは何分かかりそうか」を判断する習慣がないと、SJFはそもそも始められません。逆に言えば、見積もりの精度さえ上げられれば、あとの二段階は機械的に進められます。
仕事の言葉に翻訳する
これを仕事に置き換えると、「5分で返信できるメールを先に片づける」「1行で答えられる質問に先に答える」という判断に対応します。大きな企画書の作成に着手する前に、短時間で終わる細かい依頼をまとめて処理してしまうと、依頼者を待たせる時間の合計が短くなります。
具体的な場面を、もう少し手順に沿って見てみましょう。朝、受信箱を開くと、10件のメールが並んでいます。それぞれに目を通し、「30秒で返信できるもの」「5分かかるもの」「じっくり考えないと書けないもの」の3種類にざっと仕分けます。まず30秒のものから片づけ、次に5分のものをまとめて処理し、最後にじっくり系の1件に取りかかる、という順序を組みます。
メール処理では、返信に数分しかかからない案件をまとめて先に返し、じっくり考える必要がある案件は後にまわす、という順番が有効です。書類チェックの場面でも、簡単な確認で済むものを先に通し、細部の精査が必要なものを後に回すと、多くの案件が早く前に進みます。問い合わせ対応の一次回答も同様で、短く答えられる質問を先にさばくと、待たされる人の数を減らせます。
会議の準備でも同じ発想が使えます。参加者への日程確認のように、返信さえもらえればすぐ完了する連絡を先に送っておき、資料作成のように時間のかかる仕事を後にまわす。こうすることで、日程確認の返信を待つ時間を、資料作成の時間と重ねて使うことができます。
窓口や電話対応の場面でも、この考え方は応用できます。担当者が受付で「本人確認のみ」「住所変更のみ」「複雑な契約内容の相談」という3種類の用件を見分けられるとします。受付の時点でおおよその所要時間を推測し、短い用件から順に別の窓口へ案内する、という運用は、SJFの発想をそのまま制度に落とし込んだものです。見た目の順番よりも、内容に応じた並べ替えのほうが、全体の待ち時間を減らせる場面は少なくありません。
ただし、翻訳するときに注意したい点もあります。SJFは「短い仕事を優先する」という発想であって、「簡単な仕事だけをやる」という発想ではありません。短い仕事を先に片づける狙いは、あくまで全体の待ち時間を減らすことにあります。短い仕事ばかりを選び続けて、時間のかかる仕事を避け続けることとは、似ているようで目的がまったく異なります。
SJFの落とし穴
ただし、SJFにも重大な弱点があります。短い仕事ばかりを優先していると、時間のかかる大きな仕事が、いつまでも後回しにされ続けるのです。次から次へと短い仕事が割り込んでくる限り、大きな仕事の順番は永遠に回ってきません。これは前のページで見た優先度の問題と同じ構造を持つ「飢餓」です。
これは決して理論上だけの話ではありません。企画書の作成や、大がかりな業務改善のような、腰を据えて取り組むべき仕事ほど、短時間で終わる細かい依頼に押しのけられ続けます。気づけば数か月手つかずのまま、という状況は、SJFの発想を無自覚に適用し続けた結果として起こり得ます。
具体的な場面で見てみましょう。ある担当者が、月初に「業務マニュアルの全面改訂」という2週間かかる仕事に着手しようとしていたとします。しかし毎日、5分で答えられる問い合わせが次々と届き、そのたびに「今日はこっちを先に」と後回しにします。月末になっても改訂作業はほとんど進んでいません。個々の判断はどれも合理的でしたが、積み重なった結果、最も重要だったはずの仕事だけが取り残されました。
ここで、よくある反論に触れておきます。「大きな仕事は小さく分割すれば、SJFのままでも進められるのではないか」という声です。これは有効な対処の一つです。「マニュアル改訂」を「第1章の見直し」「第2章の見直し」というように分割すれば、それぞれをSJFの列に乗せられます。ただし、分割にも代償があります。分割しすぎると、仕事の全体像を見失い、章ごとの整合性を取る作業が別途必要になります。分割は有効な手段ですが、分割そのものにもコストがかかることを忘れてはいけません。
もう一つの落とし穴は、「終わるまでの見込み時間」を正確に見積もることの難しさです。実際には5分で終わると思った仕事が、調べものが必要になって1時間かかることもあります。見積もりを誤ると、SJFの前提そのものが崩れます。優先順位を決める際は、見積もりの精度にも注意を払う必要があります。
見積もりのずれが起きる場面を具体的に考えてみましょう。「先方に一言確認するだけ」と思って着手した依頼が、確認の過程で仕様の矛盾に気づき、関係部署への問い合わせが必要になった、というのはよくある展開です。最初の見積もりが甘いと、SJFのつもりが結果的に長時間の案件を先頭に置いてしまうことになりかねません。着手前に、内容を軽く確認してから見積もる習慣が、この落とし穴への備えになります。
見積もりの精度を上げるための、もう一つの手がかりがあります。それは、過去に似た依頼をどれくらいの時間で片づけたかを覚えておくことです。「契約書の確認は、いつも15分前後かかる」という感覚が積み重なっていれば、新しく届いた契約書の確認依頼も、同じくらいの時間で見積もれます。感覚だけに頼らず、簡単な記録を残しておくと、見積もりの精度は徐々に上がっていきます。
ここで、よくある反論にも触れておきます。「短い仕事を優先していたら、いつまでも大きな仕事に手がつけられない。それならいっそ大きな仕事から先に手をつけるべきだ」という声です。これは一理あります。しかし、大きな仕事を最優先にすると、今度は短い依頼を出した人たちが軒並み待たされ、不満が積み重なります。どちらか一方だけを常に優先するのではなく、短い仕事を処理する時間帯と、大きな仕事に集中する時間帯を、あらかじめ分けておくという工夫が現実的です。
飢餓への対処は次のページで
短い仕事を優先する発想そのものは合理的です。ただし、それだけを続けると、大きな仕事が永遠に後回しになるという副作用が必ず発生します。この副作用を放置せず、待たされている仕事を救い上げる仕組みが必要です。
ここまでの流れを整理しておきます。先着順は公平だが長い案件に弱く、優先度は柔軟だが基準が曖昧になりやすく、SJFは全体の待ち時間を減らせるが大きな仕事を飢えさせます。三つのルールに共通するのは、どれか一つを単独で使い続けると、必ずどこかにしわ寄せが生まれるという点です。
この共通点に気づくと、「どのルールが優れているか」という問い自体が、あまり意味を持たないことがわかります。問うべきは、それぞれのルールが生み出すしわ寄せを、どう補正するかです。この視点の転換こそが、この章全体を通して身につけたい考え方です。次のページでは、この問題に対する具体的な処方箋である「エイジング」という考え方を扱います。
持ち帰り
- 短い仕事を先に片づけると、全体の待ち時間の合計は小さくなる
- 短時間の依頼をまとめて処理すると、依頼者全体の待ち時間を減らせる
- 大きな仕事は短い仕事に押しのけられ続け、「飢餓」に陥りやすい
やってみる
明日の朝、着手する前にタスクをざっと見て、5分以内で終わりそうなものだけを先にまとめて片づけてみてください。残りのタスクの見え方がどう変わるか、片づけ終えた後の気持ちの余裕も含めて観察してみましょう。