仕事に効くコンピュータサイエンス
どれからやるか — スケジューリング読了目安 10分

来た順にさばいているのに、終わらないのはなぜか

来た順に対応しているのに、仕事が減っていく実感がない。そんな経験はないでしょうか。

このページの問いはシンプルです。「順番の決め方」そのものが、仕事の速さと質を左右しているとしたらどうするか。答えを探すために、コンピュータの中で起きている「スケジューリング」という考え方を借ります。

スケジューリングとは、複数の処理が同時に実行を待っているときに、次にどれを実行するかを決める考え方です。この定義だけを聞くと、自分の仕事とは関係なさそうに見えるかもしれません。ですが読み進めるうちに、あなたの受信箱やタスクリストの中で、すでに同じ現象が起きていることに気づくはずです。

来た順にさばいているのに終わらない

問い合わせ対応の窓口を思い浮かべてください。メールも、チャットも、内線も、来た順に開いて返信する。一見、公平で誠実なやり方に見えます。

ところが1件が30分かかる案件の後ろに、1分で終わる案件が10件並んでいたらどうなるでしょうか。後ろの10件は、前の30分が終わるまで一切手がつけられません。合計の待ち時間は、順番を変えるだけで大きく変わります。

もう少し具体的に場面を追ってみましょう。朝9時に、複雑な仕様確認のメールが届きます。同じ9時5分に、パスワード再発行を頼む1行のメールも届きます。来た順に開くルールを守れば、担当者はまず仕様確認に取りかかります。30分後、ようやくパスワード再発行のメールに気づきます。依頼者からすれば、1分で終わる用件のために30分も待たされたことになります。

同じことは、週次報告の作成や、複数の引き継ぎ待ちの案件にも起きます。手元にあるタスクの数は同じでも、「どれから手をつけるか」というルール一つで、チーム全体の体感速度が変わるのです。これは気合いや集中力の問題ではありません。順番を決める仕組みの設計の問題です

会議の場面でも似たことが起きます。議題を提出順に片づけていくと、5分で決着する承認事項の前に、30分議論が割れる案件が置かれ、会議全体が長引きます。参加者は「議題の中身」ではなく「議題の並べ方」に時間を奪われているのです。

もう少し時系列で追ってみましょう。午前10時、担当者が受信箱を開きます。上から順に、仕様確認、パスワード再発行、資料送付依頼、日程調整、退会手続きの5件が並んでいます。仕様確認への回答に30分かけている間、残りの4件はまったく手つかずのままです。

10時30分、ようやく2件目に着手します。しかし依頼者の側から見れば、パスワード再発行を待っていた人は「なぜこんな簡単な用件にこれほど時間がかかるのか」と感じるはずです。担当者は手を抜いたわけではありません。ただ、最初に並んでいた案件から順番に処理しただけです。問題は担当者の能力ではなく、並べ方にあります。

この場面を見ると、先着順が「悪いルール」だと結論づけたくなるかもしれません。ですが、それも早計です。先着順には先着順の良さがあり、それはこのあとのページで詳しく扱います。ここで押さえておきたいのは、良し悪しを判断する前に、まず「どのルールが動いているか」を認識することの大切さです。

仕事にも「順番を決める係」がいる

コンピュータには、複数の処理が同時に実行を待っている状況で、次にどれを実行するかを決める部品があります。これを「スケジューラ」と呼びます。

スケジューラの働きを段階的に見てみましょう。まず、複数の処理が「実行待ちの列」に並びます。次に、スケジューラがその列を見て、あらかじめ決められたルールに従って次に実行する一つを選びます。選ばれなかった処理は、列に残って次の機会を待ちます。この「列を見る」「ルールに従って選ぶ」という二段階が、スケジューリングの骨格です。

スケジューラは、来た順に回すこともできますし、重要度で並べ替えることもできますし、短い処理から片づけることもできます。どのルールを採用するかで、全体の待ち時間も、個々の処理の公平さも、まったく違う結果になります。

これは職場の仕事にもそのまま当てはまります。あなたが1日の仕事の順番をどう決めているか、チームが依頼をどう並べて処理しているか。そこには必ず何らかのルールが働いています。多くの場合、そのルールは言葉にされていません。「なんとなく来た順」「なんとなく声の大きい人から」という、暗黙のルールで動いていることがほとんどです。

たとえば、ある会議でこんなやり取りが交わされたとします。「今日はどの案件から片づけますか」「とりあえず来た順で」。この一言で、誰も意識しないまま先着順というルールが選ばれています。誰かが明示的に決めたわけではなく、選ばれてすらいない、というのが実態に近いでしょう。

暗黙のルールの怖さは、うまくいっていないときに気づきにくいことです。誰も「順番のルールを変えよう」とは言い出さず、「作業のスピードを上げよう」という話になりがちです。しかし本当に見直すべきは、実行の速さではなく、実行の順番を決めるルールそのものであることが少なくありません。

ここで一つ、よくある反論に触れておきます。「ルールをわざわざ決めるほど暇ではない、来た仕事をこなすだけで精一杯だ」という声です。この反論は自然なものですが、順番を決めるという行為はすでに起きています。ルールを新しく作る話ではなく、すでに動いているルールに気づき、名前をつける話です。名前がついていないルールは、選び直すことすらできません。

もう一つ、別の反論も考えられます。「順番を決めるより、単純に人を増やせば解決するのではないか」という声です。たしかに人を増やせば処理能力そのものは上がります。ですが、これは順番の問題を解決したわけではありません。増えた人員のあいだでも、やはり「どれから手をつけるか」という順番は必ず発生します。人数を増やす前に、まず今あるルールを見直すほうが、コストをかけずに始められる一歩です。

新人が配属された場面を想像してみてください。先輩から引き継ぎを受けるとき、「困ったら来た順にやればいい」とだけ言われたとします。これでは、先着順というルール自体は伝わっても、いつそれを外していいのか、優先度をつけるべき場面がどこにあるのかは伝わりません。ルールを言葉にして初めて、次の担当者にも同じ判断を引き継げます。

引き継ぎの場面をもう少し具体的に見てみましょう。先輩が「緊急のものだけは別扱いにしている」と付け加えたとします。ここでようやく、実は先着順と優先度の二つが組み合わさって運用されていたことが見えてきます。言葉にしなければ、新人は「緊急のもの」の線引きを自分の感覚だけで探るしかありません。判断がぶれ、対応にばらつきが出るのは、能力の差ではなく、引き継がれた情報の差によるものです。

この章の地図

この章では、順番を決めるルールをいくつか並べて比較します。まず、来た順に処理する「先着順」と、重要度で並べ替える「優先度」を対比します。次に、短い仕事を先に片づける「SJF」という考え方を見ます。

SJFには弱点があり、それを補うのが「エイジング」という仕組みです。さらに、一定時間で仕事を切り替える「ラウンドロビン」と、実行中の仕事に割り込む「プリエンプション」を扱います。最後に、これらすべてを束ねる「スケジューラを持つという発想」を確認し、次の章につなげます。

この並び方には理由があります。先着順と優先度という最も基本的な二つの基準を知ったうえで、それぞれの弱点を補うSJFとエイジングへと進み、最後に「時間を区切る」「割り込ませる」という別の切り口を加える、という段階を踏みます。一つずつの道具は単純ですが、組み合わせて使うことで、現実の複雑な状況に対応できるようになります。

先に一つだけ、種明かしをしておきます。この章に登場するルールのどれか一つが「唯一の正解」になることはありません。それぞれのルールには、得意な場面と、必ず崩れる場面があります。窓口業務に向くルールが、緊急対応の多い部署では機能しない、ということが普通に起こります。だからこそ、複数のルールを知り、状況に応じて選べることが重要になります。

なぜ「順番のルール」が仕事の質を左右するのか

同じ人数、同じタスクの山でも、順番のルールが違うだけで結果は大きく変わります。たとえば、すべての依頼を先着順で処理するチームと、緊急度で並べ替えて処理するチームがあったとします。

前者は公平に見えますが、本当に急ぐ案件が後ろに埋もれる危険があります。後者は柔軟に見えますが、優先度の基準を決めておかないと、声の大きい依頼者の案件ばかりが先に進み、静かに困っている人の案件が後回しになり続けます。つまり、順番のルールには必ず一長一短があります

もう一つ、よくある反論を考えてみましょう。「うちのチームはルールを決めなくても、なんとなくうまく回っている」という声です。この場合、注意して見るべきなのは、本当にルールが無いのか、それとも誰か一人が経験と勘で調整し続けているのか、という点です。特定の誰かの負担で成り立っている状態は、その人が抜けた瞬間に崩れます。ルールが言葉になっていれば、代わりの人でも同じ判断ができます。

この章の目的は、「これが唯一の正解」というルールを提示することではありません。それぞれのルールがどんな場面で強く、どんな場面で崩れるかを知り、状況に応じて選べるようになることです。ルールを知らないままでは、選ぶことすらできません。

順番のルールを意識することは、忙しさの中で見落とされがちです。目の前のタスクを片づけることに集中していると、「そもそもこの順番でいいのか」という問い自体が浮かびません。この章を読み終える頃には、自分やチームが今どのルールで動いているかを言葉にできるようになっているはずです。

最後にもう一つ、視点を変えてみましょう。順番のルールを見直すことは、追加の作業に見えて、実際には既存の作業のやり方を整理するだけの行為です。新しいタスクが増えるわけではなく、同じタスクをどの順で片づけるかを決め直すだけです。コストはほとんどかからず、効果は積み重なって大きくなります。次のページからは、その最初の一歩として、もっとも基本的な二つのルールを具体的に比較していきます。

持ち帰り

  • 仕事の速さは、実行力だけでなく「順番を決めるルール」にも左右される
  • 多くの職場では、順番のルールが暗黙のまま運用されている
  • ルールには一長一短があり、状況によって向き不向きが変わる

やってみる

今日残っているタスクを紙やメモに書き出し、今どんな順番で手をつけているか、そのルールに名前をつけてみてください。「来た順」「声が大きい順」「簡単な順」など、素直に言葉にするだけで構いません。